前ページの講義の歴史で学びましたが、本来のマインドフルネス、マインドフルネス瞑想は、仏教のブッダの瞑想と教えです。でも、このコースは、無宗教の人も、キリスト教やヒンドゥー教などを信じている人もたくさん取組んでいます。
その理由は「仏教とは何か?」を知るとわかります。そして、それを知ると、マインドフルネスの本来のテーマが何かもわかります。
この講義では、仏教とは何かということを学び、マインドフルネスは何をテーマにしているものかをつかんでください。
「仏教とは何か」、様々に説かれることがありますが ―
仏教もマインドフルネスのテーマは「心」
仏教のもっとも古い経典のパーリ語仏典の中に、『ダンマパダ』という仏典があります。
ダンマパダは特に有名な経典で、日本では「法句経」としても知られています。ブッダの423の言葉の句が掲載されています。
その最初の句は次です。(このコースでのダンマパダは『ブッダの真理のことば、感興のことば』中村元訳から一部ひらがなに変えて引用しています)
ダンマパダ1
ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行なったりするならば苦しみはその人につき従う
ダンマパダ2
ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも清らかな心で話したり行なったりするならば、福楽はその人につき従う
これは仏教の最重要なポイントです。
私たちは、物事や状況を、それ自体がそれ自体として存在していると考えがちですが、仏教では、そうではなく、自分の心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出しているとしています。
そして苦しむか福楽になるかは、汚れた心か清らかな心かによる、自分の心しだいということです。
続けて、さらに心について説かれています。仏教は何を目指すものかわかるので読んでみましょう。
ダンマパダ35
心は、とらえがたく、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心をおさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす
ダンマパダ36
心は、きわめて見がたく、きわめて微妙であり、欲するがままにおもむく。英知ある人は心を守れかし。心を守ったならば、安楽をもたらす
ダンマパダ37
心は遠くに行き、独り動き、形体なく、胸の奥の洞窟にひそんでいる。この心を制する人々は、死の束縛からのがれるであろう
ダンマパダ39
心が煩悩に汚されることなく、おもいが乱れることなく、善悪のはからいを捨てて、目覚めている人には、何も恐れることがない
仏教は心がテーマ。自分の心をどうするか。
マインドフルネスは心がテーマ、自分の心をどうするかです。
仏教とは何か - 仏(ほとけ)の教えでは
お釈迦様・仏(ほとけ・ブッダ)は「仏教」とはこうだと説いていました。「ブッダ」というのは、元々はお釈迦様のことだけではなくて、覚(さと)った人のことを指していました。
ダンマパダ183
すべて悪しきことをなさず
善いことを行ない
自己の心を清めること
これが諸仏の教えである
これは漢文で次のように表されていて有名です。
お釈迦様のブッダと、お釈迦様以前に覚りを開いた6人のブッダを合わせて過去七仏と言います。
そのブッダたちが共通して説いた、上記のダンマパダの教えを七仏通戒偈(しちぶつつうかいげ)と呼び、次の通りです。
- 諸悪莫作(しょあくまくさ):すべて悪しきことをなさず
- 衆善奉行(しゅぜんぶぎょう):善いことを行なうこと
- 自浄其意(じじょうごい):自己の心を清めること
- 是諸仏教(ぜしょぶっきょう):これが仏の教え、仏教
自己の心を清めること ― 仏教の本来のマインドフルネスが目指し実現することです。
仏教は「抜苦与楽」のため
もう一度、最初に紹介したダンマバダを見てみましょう。
ダンマパダ1
ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行なったりするならば、苦しみはその人につき従う
ダンマパダ2
ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも清らかな心で話したり行なったりするならば、福楽はその人につき従う
お釈迦様のブッダは、苦しみか福楽かを問題として、答えを求めて修行して覚って。説いていたのは、人が苦しみから解放されて福楽に生きられるようになる、そのための方法、道でした。
仏教が目指しているのは、人が苦しみから解放され福楽に生きられるようになる「抜苦与楽(ばっくよらく)」です。
そのために具体的にどんな取組みをすればよいかが、マインドフルネスと英訳された「正念」が含まれている『八正道』です。
仏教の習得・実践は「自己浄化の道」
そして、ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される、汚れた心か清らかな心か心しだいですから、自浄其意=自分の心を清浄にするのが、その道です。
生活、言動を悪から離れ善くし清浄にするように努めて、そして瞑想の実践によって心を浄化します。これを仏教では清浄行と言いますが、自己浄化の道が仏教です。

このコースで、あなたもこの道を進んでいけます。

