ステップ6

ヴィパッサナー瞑想で得られること

気づきの瞑想のヴィパッサナー瞑想でどのようなことが得られるのか。ステップ1でも学んだことですが再確認しておきましょう。

ヴィパッサナー瞑想の本格版に正しく取組んでいくと、次のような効果・成果が現れてきます。いつも本来のマインドフルネス・正念な状態にいる人になってくると実現されることでもあります。

気づきの瞑想のヴィパッサナー瞑想の繰り返しの取組みは、自分の「今」の心と体の現象の気づきの反復となり、メタ認知=自分の心身への気づきの力と習性がつきます。脳の変化もともなってつきます。

そうして、日常生活で、自分の思考、感情、心の状態、感覚に自然に気づけて自覚できるようになってきて、次のようになってきます。

人や物事をきっかけに、または自然にわき上がってきた自分の思考や記憶や想像、感情、心の状態、感覚に、無自覚に反応してしまうことがなくいられるようになります。

無自覚な反応が少なくなるので無用な脳の活動が少なくなり、脳は休まるようになります。脳の疲労が減ります。ストレスは軽減されます。脳がそのようにも変化します。

そして、自分の思考や記憶や想像、感情、心の状態、感覚をプロセスとして知る力・習性がついてきます。客観的に自分を観られるようになってきます。自分がそうなっている原因を冷静に知ろうとするようにもなってきます。

そうして、自分の心・体の現象にそのまま反応した心の状態になることなく、平静・平穏でいられるようになり、そのままに判断や言動もせず、冷静な判断をして適切なあり方や言動を選択できるようになります。自分を深く変えていくことにもなります。

ネガティブな思考・感情の対処や変化の効果

例えば、怒りの心の状態になっても、怒りの心になっていると平静に気づき、怒りの心を大きくしたり、怒りの心からの判断や言動をせず、心を静めることができるようになります。

そして、怒りの心の状態になった自分の内にある本当の原因がわかるようになってきて、それに対処することが可能になったり、さらに、怒りの感情自体が現れない人になれる場合もあります。

すぐに現れている思考や記憶や想像、感情、心の状態、感覚から離れて、静かな心の状態やリラックスして状態になりたいときには、集中の瞑想のサマタ瞑想をその場ですればなることが可能です。サマタ瞑想がすぐに一時的な解放をもたらしてくれます。

平静でいて、さらにそれらの現れの元を癒したいときは、気づきの瞑想のヴィパッサナー瞑想を繰り返しすればそれが実現されてきます。ヴィパッサナー瞑想は繰り返し現れる同様の思考や記憶や想像、感情、心の状態、感覚の現れからの持続的な解放をもたらします。

例えば、怒りの感情自体が現れなくなる効果もあります。代わりに慈愛の気持ちが現れるようになる場合もあります。私の場合はそうなれました。

私は以前はイライラしやすく、怒りっぽい面もありましたが、ヴィパッサナー瞑想を繰り返していると、ある日からその面がパタッとなくなりました。怒りの感情自体が全く現れない人になれました。

怒り以外の不安や後悔、心配などの思考・感情が現れることも激減し、たとえ現れてもそれにそのままいることがなく平静でいられるようになり、そのおかげでいつも穏やかでいられるようになれました。

心と体を癒す力としての効果

気づきの瞑想のヴィパッサナー瞑想は、繰り返し現れる同様の思考や感情の現れからの持続的・根本的な癒しをもたらします。肉体的な癒しの力にもなります。

心に現れたネガティブなことを悩んだり考え込んだり、分析したり、無理に抑えこもうとすると、実はそれが現れる脳の回路を強化することになる可能性があり癒しとは逆効果になります。

ヴィパッサナー瞑想では現れた心身の現象を現れたままに気づいていると消えていきます。ネガティブな思考や感情、感覚が現れても平静にいられて、それは消えていきます。

ヴィパッサナー瞑想で、ネガティブな思考、感情、心の状態が現れても平静にあるがまま気づくだけということが、あるがままの自分を受容することになり癒しになります。

さらに平静にいてそれが消えていく反復が脳の回路を変化させ、それらが現れることを根本から無くすことになります。

心の汚れの防止や浄化の効果

気づきの瞑想のヴィパッサナー瞑想は心の汚れを浄化、心を清浄にする瞑想です。

  • 心が汚れているほど、脳は動き、思考や記憶や想像、感情、心の状態がいっそう現れるようになって、今この瞬間にいることが難しくなります。
  • 汚れた心の脳の自動操縦や意図的な認識や判断をするので、正しく気づくこともできなくなり、不適切な判断・行動もしてしまうことになり、結果、悩み苦しむことになります。

心の汚れは、無意識の思考、心の状態が現れる元、認識や意図的な判断をする元になる脳の回路として過去の経験の中でつくられてきていて、さらに日々の暮らしの中の経験でまたつくられます。

心が汚れる原因

心の汚れは煩悩と言います。貪瞋痴(とんじんち)は三毒と言い代表的な煩悩です。

何かを見たとき、聞いたとき、嗅いだとき、味わったとき、ふれたとき、考えたとき、普通、自覚せずにその対象に反応し、快・不快、良い悪いと感じたり判断しています。

そして

  • 好ましいと感じる・思うものをもっとと求める心、対象を快・良いと感じたり判断することから、愛着や渇望、欲、貪り(むさぼり)などの貪(とん)の心の汚れが生じます。
  • 好ましくないと感じる・思うものを嫌う、排他的に思う心の汚れ、不快・悪いと感じたり判断することから、嫌悪や怒り、悪意などの瞋恚(しんに)の心の汚れが生じます。
  • 誤った見解による心の汚れ、ものごとの法則や道理について正しい見解を持たずに感じたり判断することから誤った見解の愚痴(ぐち)の心の汚れが生じます。

こうして対象に意識・無意識に反応し、快・不快、良い悪いと感じたり判断すること、誤った見解で感じたり判断することによって、心は汚れ、苦しむことになる原因になります。

心の汚れを少なくするには

つまり、感覚器官の眼耳鼻舌身意(心)が何かの対象・現れに接触したときに反応すると心が汚れる可能性があります。対象・現れに関わった快や不快、良い悪いの感受・判断、誤った見解にそのまま流されていると、心が汚れます。

集中の瞑想のサマタ瞑想の基本を日常でもすれば、している間、対象との接触を停止したり、接触による反応を止められます。その間、心の汚れから解放され心は清浄になります。

気づきの瞑想のヴィパッサナー瞑想でつく気づきの力と習性で、日常でも対象・現れとの接触が起きたときに反応に気づけるようになります。

そして無自覚に反応したままにならずに済みます。快や不快の感受や判断にそのまま流されないようになれます。心の汚れが進むことを防止できます。

そうして、日常生活でも心が汚れることを少なくいられるようになれます。

また、気づきの瞑想のヴィパッサナー瞑想に取組んでいると、過去から蓄積されてきた心の汚れの浄化もされます。

脳・潜在意識から根本から変われる効果

マインドフルネス瞑想で脳が変化することは研究として報告されていますが、その変化が本来の正統派のマインドフルネス瞑想の仏教の瞑想は格段に大きいやりかた・取組みかたをします。

潜在意識から変わらないと人は変われないと言われることがありますが、自分を変えようと考えかたや理屈を知ったり様々な方法をしてもなかなか変われません。

気づきの瞑想のヴィパッサナー瞑想は、繰り返し取組んでいると習性が変わり脳が変わり、潜在意識も変わることが起きて変われます。

考え方や理屈では実際には身になっていませんから現実のありかたや生きかたはそうではなく矛盾している場合が多いですが、ヴィパッサナー瞑想は人としての根本が変わるので矛盾することなく自然にそうあるようになります。

ものごとの道理を悟った者として生きられる効果

気づきの瞑想のヴィパッサナー瞑想の取組みを繰り返していくと悟りが現れてきます。仏教の瞑想はブッダが取組んでいた瞑想ですが、そのヴィパッサナー瞑想の取組みを繰り返していくと、ブッダの悟った智慧の悟りが現れてきます。

ヴィパッサナー瞑想の取組みを繰り返していくと悟り・覚りが現れてきます。

ヴィパッサナー瞑想の取組みを繰り返していくと、参考ステップで詳しく説明していますが、三相(さんそう)「諸行無常、諸法非我・無我、一切行苦・皆苦」の悟りが現れてきます。また、因縁によって生じているという「縁起」の悟りが現れてきます。そして、それをさらに智慧として覚るときがきます。

すると、これらを理屈としての悟りとして持ちながら暮らせるように、さらに根本的に身についているように智慧として持って生きていかれるようになります。

日常生活の様々な場面で自分や他者や物事に対して、この4つの悟り、智慧にたった受け取り方、考えや思いが現れるようになります。

全てうつろい消える、固定的・永続的な実体のものはない、全て苦、因縁で生じているという悟り、智慧にたった、他者や物事や自分の心身の現象に対しての受け取り方、考えや思いが現れるようになってきます。

人は自分や他者や物事を固定的・永続的なものと考え、その考えのもとで考えたり喜怒哀楽したり執着などしますが、これらの悟り、智慧からそれらにとらわれない、執着しないようになります。

そして、何が因縁なのか自分についての気づき・考えが現れるようになります。